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少女だったころのあなたへ

自己愛性人格障害の父と筋ジストロフィーの母のもとで育った女の子の話。

毒母−4

 

 

小学校高学年、反抗期が始まった頃

 

 

私はしょっちゅう母に歯向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

椅子から立ち上がって

 

歩くのが大変な母は

 

よく「お茶持ってきて」と

 

私に命令をしてきた。

 

 

 

 

 

 

偉そうな母があの頃気に食わなかった。

 

 

お茶を持って行ってもありがとうも言わない。

 

 

 

あるとき、私は母からの簡単な遣いを断った。

 

 

 

母は文句をいう。

 

「私は歩くのが大変なんだから

 

お前がやれ。」

 

 

 

「お母さんの奴隷じゃないんだから!」

 

 

と怒ったら

 

 

 

「奴隷になるためにお前は生まれてきた」

 

 

と言われた。

 

 

 

 

怒ってたんだと思うけど

 

なんか常人じゃないなと感じたのは

 

覚えてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

中学以降、母は兄を可愛がるようになり

 

私には「お前は出来損ないだ」とか

 

言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「同じように育てて

 

 

お兄ちゃんはよくできたのに

 

 

お前がこんな風に失敗したのは

 

 

お前が悪いからだ」と言われてきた。

 

 

 

 

 

 

 

私は納得していた。

 

 

 

そうなんだろうと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は大学受験をしたけど、ろくに勉強しなかった。

 

 

 

 

案の定、どこも引っかからなくて

 

滑り止めのために受けていた

 

無名の女子大への進学が決まった。

 

 

 

 

勉強してなかったけど、

 

やはり落ち込んだ。

 

 

 

 

でも母は追い打ちしかかけてこなかった。

 

 

 

「お前が悪い」

 

 

「お金の無駄だった」

 

 

 

 

 

 

「兄が名門大学に合格したとき

 

(父方の)おばあちゃんは

 

100万送ってくれたのに

 

今年お前の大学名ゆったら

 

2万しかよこさなかった」

 

 

 

このおばあちゃんの話は本当にショックだった。

 

 

 

 

 

 

元々うっすらあった鬱は加速した。

 

 

 

 

 

春休み1ヶ月はほぼ部屋に引きこもり

 

毎日死ぬことばかり考えていた。

 

 

 

 

 

自殺の方法を調べ計画しなんとか毎日を乗り越えていた。

 

 

 

 

 

 

窓を見れば、飛び降りることを考え

 

ホームで電車を待てば

 

飛び降りろと誰かが囁いてくる。