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少女だったころのあなたへ

自己愛性人格障害の父と筋ジストロフィーの母のもとで育った女の子の話。

人を信じるということ

 

わたしはこの質問と回答に

 

大いに救われたのだけど、

 

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

 

少し異なる自分の個人的な見解を

 

書いてみる。

 

 

 

 

 

 

以下知恵袋のベストアンサーより一部抜粋。

 

共感能力が高い人は『人の喜ぶ姿を見る事が大好き』だから一生懸命親を喜ばせようと頑張る。でも人格障害親は子供の苦しむ姿が大好き。だからあえて子供を苦しめるような態度をとります。

 

私は母親を喜ばせたくて

 

母の笑顔が見たくて

 

いつもなにかしていたから、

 

ここでいう「共感能力が高い」子供だった

 

と言える。

 

 

 

ただ気になったのは

 

人格障害親は子供の苦しむ姿が大好き」

 

というところ

 

 

 

これは違う気がする。

 

 

 

 

 

 

 

子供の苦しむ姿が大好き」というよりは

 

 

 

 

「子供が傷つくこと・苦しむことに

 

気が付かない、興味がない」のだと思う。

 

 

 

気が付かないから

 

気が付かないうちに

 

ひどいことを日常的に言っている。

 

 

 

 

常人から見ると

 

「他人を気付つけることが好きな人」

 

「気付つけることを楽しんでいる人」

 

と受け取られるかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪気はなく、彼らは

 

あくまで「素」でやる。

 

 

 

 

 

 

白雪姫に出てくる

 

いじわるな継母とは違う。

 

 

 

彼らにいつも悪気はない。

 

 

 

 

 

 

 

一生懸命親の為に頑張ってもその気持ちを無残に踏みにじられるのです。そして当然心が傷つきます。これが繰り返されると『人を愛する=自分が傷つくこと』と学習してしまいます。人を愛する事に恐怖心が湧きます。

 

これもまさに私だ。

 

 

まず第一に「絶対自分が幸せになりたい」

 

がある。

 

 

 

 

 

だから無償の愛とか

 

こちからか一方的に尽くす

 

という恋愛はしたことがない。

 

 

 

 

 

いつも自分を好きになってくれる人の

 

中から選んでいる。

 

 

 

 

付き合っても信じることができない。

 

 

 

 

 

 

だから健全な愛情を形成できず、異常で両極端な感情の間をさまよう事となります。それが『境界性人格障害』だと思うのです。

 

そうかもしれない。

 

薄々自分でもおかしいのではと思っていたけど

 

自分の成り立ちが

 

こんなところにまで影響していたなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも相手の言動のひとつから

 

「もう嫌われたんじゃないか」

 

と思い込むことがあって

 

 

 

 

 

 

 

そう思い始めると

 

「まだ嫌われていないかもしれない」

 

という「可能性」にかけるのが

 

怖くなってしまう。

 

 

 

 

少ない可能性にかけて

 

期待を裏切られて

 

悲しい想いをしたくないから。

 

 

 

 

 

そういえば小さい頃から

 

ポジティブな期待をかけることを

 

私はしない。

 

 

 

 

いつもネガティブな方向へ

 

予測するようにしている。

 

 

 

そうすると予測よりも

 

マシな結果が

 

訪れて、安心する。

 

 

 

 

 

 

 

 

まともな人間であってもサイコパスに狙われると大ダメージが来ます。それが境界例であれば死に直結する事も多々あります。よほど注意して人を見る目を養わないと悲惨な人生になる事が多いですよ

 

最後の方の、境界例の人は

 

優しいから変な人を引き寄せる

 

とかのロジックは

 

ちょっとよく分からないし

 

 

 

 

過去の交友関係や恋人だれを

 

思い出してもいない。

 

 

 

 

 

 

私は他人の感情を読み取るのが

 

上手だけど、別に人に優しくはない。

 

 

 

 

 

 

 

だから自己愛性人格障害のような

 

かまってちゃん系の人に

 

 

 

惹かれることは

 

ない気がするんだよなあ・・。